REC楽しかった2019/08/20
ツアーメンバー勢揃いで1発同時録音をやった
リズムセクションは素晴らしく躍動的で満足
ボーカルチームもライブさながらの勢いで
僕の大好きなサウンドになった
「私の足音2019」「運命のツイスト」と
「・・・」と「・・・」4曲に絞った
「・・・」2曲はまだ内緒(笑)
昨日別スタジオでボーカルダビング
「・・・」2曲はボーカルチームと僕が一緒に
ハモったりソロったり実に楽しい愉快なRECだった
特にそのうちの1曲は某可愛い(当時)アイドルの
曲なので僕を筆頭に年齢的なギャップが大!
これはもう是非是非!お聴きいただきたいのだ
このアンバランスが「抱腹絶倒」間違いなし
昨日スタジオで僕は笑いすぎでお腹がねじれて
思わずスタジオのソファーに倒れたままだった
「ぷらいべえと」の続編とも言えそうな4曲
さて、この「超!貴重なる録音」は
どうやって聴いていただくか?
それもまだ内緒!
夏休み2019/08/20
鹿児島にいた時代(生まれて小学2年いっぱい住んでいた)
父親に連れられて「谷山(たにやま)」って駅から
電車でデパートなどがある繁華街「天文館(てんもんかん)」
に行くのが楽しみだった
そんなに豊かな生活ではなかったから
僕の欲しい物とかはなかなか買ってもらえないのだが
「父ちゃん、あれが欲しい、買って買ってー」と
ねだるだけでも楽しかった
父親は「よーし待っていろよタクちゃん!
もうすぐデパートごと買ってやるからなー」なんて
僕を喜ばしていたが・・
ついにデパートを買ってもらう事は無かった(笑)
小学校は谷山にある谷山小学校に通っていた
宮崎静子先生というキレイな先生に可愛がってもらった
身体が弱かったから学校を休む事が多かったが
それだけに通学できる事が嬉しくて仕方なかったのだ
宮崎先生が通知表に
「休む事が多かったけれど勉強は良く頑張りましたね」
と書いてくださった事を今でも忘れない
「夏休み」が谷山駅で流れるというニュースを知った
「あー嬉しいなー」素直に喜んだ
谷山小学校をその後2回訪問した事がある
1度は妻とその母と3人で沖縄~鹿児島旅行をした時
(映画フィールドオブドリームスに刺激されて)
そして2度目はテレビの旅番組だった
その時はちょうど夏休みで校庭は閑散としていたが
数人の子供たちが僕を「テレビで見る人」として
(Love2あいしてる、の影響だと思う)
取り囲んで来たので「オジサンもここに通ったんだよ」
と手をつないで笑いあった
「姉さん先生もういない、きれいな先生もういない」
あー本当に幸せな懐かしい想い出である
「夏休み」は宮崎先生が作らせた歌と言えよう
姉さん先生が「書かせた絵日記」なのだろう
鹿児島の谷山駅
もう訪ねる事は無いのかも知れない
鹿児島の古い人たちなら覚えているだろう
僕が乗った、あの「谷山から天文館への電車」は
通称「ボギー」と呼ばれていた
と・・かすかなる記憶にあるのだが
「夏休み」のような夏は・・もう来ない
ツアー・ライナーノーツ62019/08/06
18:人生を語らず
この曲も「ペニーレインでバーボン」
という曲と共に、ほぼ「1発録り」に近い
レコーディングだったと記憶している
時代的にはそれが普通だったのかも知れない
ボブ・ディランとザ・バンドを意識して曲を書き
スタジオに入ったと思う
L.Aでの彼らのコンサートは刺激に溢れていた
特にザ・バンドの演奏スタイルにはシビレタ
自分とバックバンドの理想形を見た気がした
だがその領域に到達する事は非常に難しく
長いツアー人生でも完成する事はなかった
(何を目指したか?は言葉で説明出来ないが
あえて言えば今回のツアーでの僕とバンドの
関係は、生まれて初めて味わう歓びに満ちた
サウンドを生み出せる次元に到達していた)
この曲は僕のコンサートでは定番となったが
実は演奏するのは非常に難しい曲で
何より「詞の世界」のスケール感を
音にして出すのが意外にやっかいな曲だ
イントロのフレーズは当時としては
スタジオでまったく目新しい楽器
「ソリーナ」を使った
この印象的なフレーズは現在も
ライブで変える事なく演奏している
今回のツアーでキーボード参加した村田に
リハで「昔のソリーナを意識して弾いてくれ」
と音色とフレーズをリクエストした
この音色でこのメロディーが始まると
やっぱり力が入りボーカルもシャウトする

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19:今夜も君をこの胸に
今回のツアー
最後の最後の曲を何にするか
セットリストの中でも「最後の1曲」
意外にも(意外でもないかも)すぐに
「これってどうだろう」と思い浮かんだ
コンサートの締めくくりである
誰もが描くであろう「そのエンディング」
過去のコンサートツアーの記憶を呼び戻し
そして今、この心境で歌いたいラストソング
「やさしく居て」「心をかよわせて」
「穏やかであって」「今をみつめて」
そう願う気持ちを歌いたい
そして僕自身が書いた「間奏のトリプルギター」
「うん絵的にもいいな」
コンサートの帰り道が笑顔であってほしい
フッと口ずさむ事があったら嬉しい
このステージを記憶の片隅にとどめてほしい
そんなすべての願いを込めて
「今夜も君をこの胸に」を歌った
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想い出の夕食会2019/08/01
今回のツアーはリハーサル開始から
僕の想いが格別な感があったので
この事がバンド全員ツアースタッフ全員に
密かにだが以心伝心していたのかも知れない
その想いはバンドもスタッフも「笑顔」
と言う何ものにも代えがたい対応で
ツアー終了までいっかんして示してくれた
嬉しかった、居心地の良い立ち位置だった
さてそんな中でバンドと1部スタッフ
だけではあったが忘れられない夜があった
「名古屋でのライブ終了後の夕食会」だ
あらかじめ名古屋のサンデーフォークが
「イタリアンレストラン」を用意してくれた
鳥山に伝えた「赤ならメルロー
白ならソーヴィニヨンブランだぞ」
鳥山は昔からワイン通で、以前にハワイの
レストランからケータイで日本にいる彼に
「色々あるんだが君ならどうする」と聞いた
「ハワイだからジンファンデルがあるなら
おすすめです」カリフォルニアワインだった
なるほど僕の好みで美味しかった
それ以来コンサート打ち上げ等の席では
必ず彼に相談する事にしている
センチューリーホールで撮影ありのライブを
終えホテルでシャワーを浴びて夕食会へ向かう
とても明るく居住空間のオープンな店だ
僕はまず冷えた生ビールを1杯
バンドの全員の笑顔と喜びいっぱいの声が
店中に広がる「あーこんな感じ久しぶりだ」
思えば僕は関東圏でのツアーに徹していたので
コンサートが終わると楽屋で解散
バンドと打ち上げってのをやっていなかった
2時間あまり僕らの会話は終わらない
料理がまた・・1品1品出てくる毎に驚きと
感動なのだ(これは言葉では伝えられない)
とにかく前菜からパスタ、肉料理
新しいアレンジなのかシェフの技か
それでいて「実に美味」なのである
お店のスタッフの女性たちも素敵で
とても軽やかに料理を運んでくれる
イタリアンってのは「味はもちろんだが
このカジュアルさ親しみやすさ」
も大事だと僕は思っている
武部が赤ワインを手に(彼はここ10年ワイン党)
「拓郎さんこの店は本当に美味しいです」
ヒデキがひときわ破顔で「いいなあ」
村石、イタル、村田、ボーカルチーム4人
(特に若いユウホは興味津々に)
僕の話「日本のポピュラー音楽と取り巻く環境、
聴く側の未熟性」に耳を傾けながら・・
実は「話などそっちのけで」(笑)
料理とワインに夢中なのであった

ツアーが終わった今、僕たちは新たなる
レコーディングに入っている
そこでも名古屋の話が誰からともなく
「楽しかったなあ、美味しかったなあ
もう一度名古屋!やりましょうよ」
「名古屋だけ来月とか行くか!うん?
お前たちスケジュールは空いてんのか?」
アハハ・・そりゃー無理だなー!

名古屋に行く機会があったなら
ぜひ「僕たちが忘れられない夕食会」を
体験した「このイタリアンレストラン」に
足を運んでみるのもいいのでは
美味しいワインと美味しい料理と
明るいスタッフたちが笑顔で迎えてくれる
クッチーナ・イタリーナ「 セルヴァッジョ」
名古屋市の東区泉ってところにある
ツアー・ライナーノーツ52019/07/28
16:この指とまれ
ネットという不安定な情報が溢れる環境で
誰もが自由に発言し誰もが自由に反論する
そもそもその場が不安定なのだから
その場に発せられるたった1人の小さな一言
時にその1人は何ら責任を持たない1人でもある
責任は無いから「いいではないか」
そうだろうか、僕はそうは思わないのだ
声を大にして申し上げておく
「夏休み」という曲は反戦歌などでは
「断じて!ない!」
ただひたすらに子供だった時代の
懐かしい夏の風景を描いた絵日記なのである
実在した鹿児島時代の「姉さん先生」も
広島時代によく「トンボ獲り」で遊んだ夏も
すべてが僕を育ててくれた「夏休み」なのだ
あの「夏休み」が大人になった心の中で
今も「やさしく」生きている
この曲が自分の作った歌である事を
僕は正直に誇りに思っているのだ

「この指とまれ」という曲はハンドインハンド
などと言う僕にとってはどうでもいい他人の
活動を批判した歌などでは
「断じて!ない!」
そもそも誰がそんな曲をわざわざ作るか!
僕は当時会社を作ったりする事に参加し
徒党を組んで自分らしからぬ日常に
溺れるように入り込んで行った
自分では気がつかなかったが
もともと僕らは一匹狼的な生き方で
音楽会に殴り込んで行ったはずであった
気がつけば組織の一人としての役割を
何の抵抗もなく自ら担いながら
自分本来の進むべき道を見失ったまま
その事を誇らしく語ったりしていたのだ
「これはマズイ」と思ったとしても
まさに自然の成り行きだったのだろう
「そこからの逃れ」
さすがに負い目も感じながら
正々堂々とは言えぬ気分ながら
「抜けさせていただきたい」と
あれやこれや・・複雑な事情が絡み合って
自分でも「どうすりゃーいいんだ」と
しかし時計は勝手にどんどん進むし
不甲斐ない自分にも腹は立つし
そんな中で生まれたのが「この指とまれ」
反省しきり、後悔しきり
されど明日はやって来る
そこへ向かわない手はないのだ

リハの中でドラムの村石が聞いて来た
「叩き過ぎって事はないですか?」
「いや俺はそうは思わないよライブなんだ
思い切って叩いてくれ俺もそれに乗るさ」
今回のライブでの一番の暴れん坊は
間違いなく村石だったなー
ともかく情熱的で演奏が進むにしたがって
彼の「熱い気分」も燃え上がっていく
そんな風に感じたのは多分会場にいた
オーディエンスも同じだったんじゃないか
この曲でも激しいドラミングで盛り上げる
曲のアウトロでの各ミュージシャンの
ソロ廻し大会がもう本当に楽しい
音楽って「これだからやめなれないんだ」

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17:俺を許してくれ
この曲は「なぜこの詞がうかんだのか?」
記憶がまるで無いのだ
そして各パート毎にテーマも別々のようだ
各パートが同じ時期に書かれたものではない
多分時間を隔てて、その時々の気分で
歌詞の前後のつながりは無視して
メロディーに乗せる事を優先に作ったのでは
あ!そうか「メロ先」で作ったのかも知れない
当時「打ち込み」を盛んにやっていた頃だから
シンセを使った「メロ先」は案外多かった

面白いもんだなー(ちょっと脱線するが)
あの頃コンピュータでの打ち込みなんて
まだそんなに多くのミュージシャンが
やってたわけじゃなかった時代だ
僕は機械や音響機器とか新しい物好きだった
コンピュータによる打ち込みにも早くから
興味がわいて自宅にこもってやったものだ
これが実に僕には気の合う作業で
自分で思うようにアレンジしサウンドに
たどり着ける事が嬉しかった
とは言っても中には「アイツが打ち込み」
などとヘボな事を言うヤカラも居た事だろう
お構い無しである「どけどけそこどけー」だ
僕はサンプリングという技術のおかげで
自分の音楽の幅を大きく広げる事が出来た

で「俺を許してくれ」だが
当時ひんしゅくを買ったかも知れない
「打ち込み」で作った曲が
堂々とコンサートの1部フィナーレを飾った
しかも圧巻のバンドグルーブとボーカルでだ
僕は思うのだ
音楽を「なめちゃあイケネーヨ」よと
音楽ってのは本当に底が深いのだ
だからこそ、いつの時代も大いなる感動と感激
そして私達の心を豊かにしてくれる
喜びの時も悲しみの時も音楽は
私達のそばにあって優しく見守ってくれる
文句無しにコンサートのフィナーレに
ふさわしい曲となった「俺を許してくれ」
音楽の「奇跡」がここにもあった
ツアー・ライナーノーツ42019/07/27
11:アゲイン
もともとはスタジオで他の曲をREC中に
歌詞が浮かんでその場で即興でメロを付け
武部鳥山にアドリブでバックを付けさせた
いい感じだったが歌詞が完全ではなかった
この曲を「どう締めくくるか?」
「歌の最後のフレーズをピシッと決めたい」
毎日毎晩「そこの歌詞」を探し続けた
僕は自分の生きて来た長い音楽の道を
断片的ではあるが思い出す事は出来る
ただ「いつ、何を考え、どこへ向かって」
それは記憶に薄いし又記憶から消えもした
そういう瞬間が今はもう蘇る事は無いのだ
では、あの頃、あの時、あの場所で
僕たち若いエネルギーは「どう生きて」
自分を証明しようとしていたのだろうか
浮かんできた言葉は「自由」だった
あの頃、皆んな自由を探していたのでは?
我が家に、学校に、社会に、友人関係に
そして恋愛に!
押しつけられる事への反発
決めつけられる事への自立
自由でない事への不満
あれから数十年の時が流れた
人も心も変わってしまった今
私たちが失わずにいるたった1つの事
「僕らは今も自由のままだ」
これだ!このフレーズだ!

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12:運命のツイスト
ステージで僕はツイストを踊った
リハではバンド仲間には見せないで
本番で驚かせるつもりだった
ステージで踊る吉田拓郎
はて?僕の長いライブ人生で
「踊った」事が過去にあったか・・
踊りたくなる曲に仕上がったから
体が動くから「踊ろう」と思った
つくづく思うのだ「このバンドはスゲー」
近々にスタジオに全員揃って入る
通常より広めのスタジオで
ステージと同じ感覚でレコーディングしたい
「セーノ1発録り」と僕は呼び好きな方式だ
各ブースにメンバーが入って録音する
通常のこのやり方だと確かに1人1人の音が
クリアでミックスしやすい
今回の僕のやり方だと各人の出す音が
1つの空間に響き渡る事になり
お互いの音の中に他の楽器の音が混ざる
だから誰かが演奏上でミスをした場合は
OKテイクまで何回も皆で演奏する事になる
では、これだと何が良いのか?
ライブと同じ環境により近いから
全体の臨場感が増す、そこがネライだ
「私の足音2019」とこの曲
そして、あのアイドル達に書いた3曲を
RECする予定だ
「運命のツイスト」
実は今回のライブでもこの曲は毎回
歌うたびにメロディーが違っていたのだ
ほとんどアドリブっぽい歌い方だった
RECではキッチリ決めよう
踊りながら歌うのもいいかも

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13:純
すごかったなー
この曲の迫力はリハの時とは比べものにならない
バンドがこの歌の歌詞と僕のボーカルに
触発されたかのような迫力だった
歌い終わって「疲れたー」と正直に思ったのは
間違いなくこの曲だった
それぐらい毎回力が入ってしまう
この選曲には実はちょっとしたエピソードが
リハの中で鳥山が言った
「この曲って前にも何回か
リハーサルでトライした事ありますよね
で何故か実現はしなかった」
そうなんだ・・過去のツアーでも毎回のように
リストアップしてはリハに臨むのだが
僕のボーカルが「どうしても乗り切れない」
理由はただ1つ「歌詞がメチャクチャ字余り」
今だから言えるのだが
自分で作っておいて「すごい字余りと不揃い」
に悩まされる・・そんな目に会おうとは
今さらだが・・よくもまあレコーディングで
「歌いこなしたもんだ」と自分に驚く始末
まったく吉田拓郎の作る曲は
「歌いにくい」ってのは確かである
それにしても今回のライブでのバンドの
グルーブはものすごい迫力だった
ボーカルチームのノリも最高だ
レゲエやスカのビートで歌うのは僕も大好き
こんな演奏をするライブステージなんて
そうは見られませんよーこの国じゃー

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14:王様達のハイキング
メンバー紹介をする曲を決める時にひらめいた
封印してあるこの曲を何とかうまく使えないか
「純」がスカ、レゲエ風のアレンジだから
この曲も元々レゲエっぽいしメドレーすれば
武部が「王様達の・・」を少しソウルフルに
ボーカルチームに歌わせるアレンジ
「うーんノリノリでカッコイイなー
このまま曲に入り込んで全部歌いたくなる」
ってところでグッと我慢して(笑)
「最初の1節だけを歌ってカットアウト」
それで決まりだ
全編を歌うつもりはもちろん無いし
(亡き母とのかたい契りである)
このアイデアは文句なしに楽しそう
リハーサルでも何回やっても笑顔でOK
最高のメンバー紹介が出来た
僕がなかなか歌い出さないで
バンド全員がニコニコになった名古屋
素敵なライブ映像をお楽しみに

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15:ガンバラナイけどいいでしょう
この曲については多くは語らない
とにかく歌詞を見てもらいたい
僕自身がガンバレナイ時期があった
それは人間として生きる中での
きっと誰にも通じる心の弱さや
あるいは表現はキツイかも知れないが
時に避ける事の出来ない自分の「ずるさ」
そんな時が必ず日常にはおこり得る
女も男も関係なく
人はガンバレナイ時があると思う
そんな時僕はガンバラナカッタのだ
そんな自分が決して立派だなんて
思ったりはしないが
ガンバレナイ自分
それでは「いけませんか」
僕は思った「いいでしょう」と
「私なり」って事でいいでしょうと
そしてこの曲はガンバレナイ自分に
心を込めて小さな声で「ガンバッテ」
と応援するつもりで作った曲だ
涙のステージとなった
ツアー・ライナーノーツ32019/07/26
8:流星2003
オリジナルのアレンジが幅広く知られている
僕はこの曲をもっとビートを効かせた
ロックっぽい演奏は出来ないか考えていた
2003バージョンが完成した時は嬉しかった
僕自身がアレンジし描いていた新しい流星だ
しかし当時この録音は好意を持って
受け入れられてはいない
あいも変わらず変化が苦手な人は多い
*もちろんオリジナルの素晴らしさを
超える事は難しい曲というものも存在する
それは「それ」として尊重する
「I' m in Love」のギターソロなどは
その典型的なものとして残ったと言える*

オリジナルの「流星」は録音した当時の
ベストレコーディングである
しかしライブでは、特に今回は違う
広島アマチュアバンド時代からの音楽生活
その総集編の要素をリハの時から
バンドの皆んなに無言で伝え続けた
この曲には説明不要のロックがある
だから多くのカバーを生んでいるのだ
今回素晴らしいメンバー達と一緒に
僕はバンドスピリチュアル溢れる演奏に
ボーカルを乗せてみたかった
問答無用!の今回のライブだ
音楽は自由でなければツマラナイ!
変化が無ければ楽しくないのだ
全国ツアーから身を引くきっかけは
「同じ曲を毎度のごとく歌い続けて行く事」
そこに吉田拓郎は「飽きた」のも遠因である
飽きっぽい、と人は言うかも知れないが
僕自身の音楽への、これがこだわりなのだ
「変化」し続けていたい
「いつの時代」とも話し合える音楽でありたい
そこが70年代フォークを語る連中とは
根本から「ウマが合わない」(笑)
さてステージでこのバージョンの「流星」は
最高のパフォーマンスになり
会場全体が「自由と愛とソウル」に包まれた
「I'm in Love」から続けて歌い終わり
ステージ後方で後ろを向いた時
僕はこみ上げるものを止められなかった
2016年のツアーで「歌詞の意味を問いかける」
そんな瞬間があった曲である
最後の「何でーすかー」が歌いきれない時が
2~3回あったのを覚えている(泣いていた)
このツアーでは「そうではない」僕が居た
バンドの荒々しい(時には乱暴なほどの)演奏
そのサウンドの中で僕にはメラメラとした
「力」が湧き上がって来た
ハーモニカのフレーズもバンドに押されて
小気味好いメロディーが咄嗟に浮かぶ
例のポーズで演奏をシメタ瞬間
思わず「どうだい!」と笑みが浮かんだ

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9:そうしなさい
「ラジオでナイト」という番組を
2年間ついに休む事なく(当たり前か)やった
実に楽しい番組だったと今さらに思う
昔やった深夜放送に似た雰囲気にしたくて
リスナーとメール、ハガキで対話する1時間は
僕自身も楽しくて毎週録音が楽しみでもあった
ある日1通のメールが目にとまった
「そうしなさい、を歌わないんですか?」
これは僕の好奇心をピッと刺した
「そんな曲があった事すら忘れていた」
と言うのが正しいだろう・・ウカツだった
番組のオープニングで前説を無しで
いきなり「そうしなさい」をかけてみた
これは効果的だった
次の週にメールが沢山寄せられて
「いきなりのボーカルがショッキングだった」と
書かれていたのだ、この瞬間に決めた「やろう!」
オリジナルではアコースティックなサウンドだが
今回はドラムが途中からマーチングするアイデア
これが実に効果的で曲に勢いがついた
「涙を頬で切りなさい」
うん、いいフレーズだ(自画自賛)
サンキュー、メール!そして番組を支えてくれた
多くのリスナーの皆んな!
2年間僕もラジオの楽しさを久しぶりに
満喫させてもらった「ラジオでナイト」
いい番組だったね

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10:恋の歌
ついに「やった!」「やれた!」嬉しいねー
歌いたかったのだ・・ずーっと
うまく歌えなかったのだ・・ずーっと
こんなシンプルな覚えやすいメロディーなのに
原因は色々あるのだが
何より今回のバンドは本当に「歌わせる」のだ
ちょっとスカ・レゲエな雰囲気でやった
これが良かった、軽やかに、楽しく、切なく
この曲に関して記憶が正確ではないが
(あの当時のラジオ、音楽紙インタビューで
語った事は、まさに時代そのままに混沌である)
アイデアは広島のバンド時代で
ほとんど完成していたと思うのだが
上京直後ソノシートでのデビューなんて事になり
何もわからぬ僕は言われるままに録音したが
大いなる苦悩と苦労の始まりだった
(まさに混沌)
その後「ザ・ラニアルズ」というグループが
歌ったバージョンが僕の心にも残っていた
リハではボーカルチームに
この「追っかけコーラス」をコピーさせた
このツアーでの4人のボーカルチームは
2016年の時と同じメンバーだが
今回あきらかにアンサンブルが上達し
素晴らしい力強いハーモニーを聴かせてくれた
何より彼らのライブに取り組む姿勢には
僕も深く感動させられる場面が多かった
そんな素敵な仲間達がコーラスで
「追っかけ」て来るんだから
それはもう「たまらない幸せ感」いっぱいの
嬉しくて仕方ないステージとなったのだ
「恋の歌」
青春ってホロ苦い・・でも熱い
20歳そこそこの僕は
やはりちょっと変わった若者だったかな
こんな曲を作っていたんだからなー
もう一度「恋の歌」スンゲーいいです
ツアー・ライナーノーツ22019/07/24
5:ともだち
誰の事なんだろう?
僕にはこの歌に登場するような友は
過去にも現在も存在しない
強いて「こじつける」なら広島を出る意思を固め
心を許し合い音楽を(バンドを)続けた
仲間達から見た「吉田拓郎」だったのか
旅立っていく主人公は実は「僕自身」だったのか
今回のツアーで歌いながらストーリーに自然に
とけ込んでいく自分を感じた
3拍子(ワルツ)の曲は70年代初期には
まだ多く聴く事があったが
その後は時代と共に聴かれなくなった
「明日の前に」「外は白い雪の夜」など
スローなバラードが好まれた時期があった
今回は曲の途中からイタル(渡辺)の
スティールがカントリーミュージック特有の
ムードを出してこの曲がカントリーワルツ
である事を証明した
またボーカルチームのアカペラによる
「あなたに友達が優しさ~」の部分は
この曲の元々のオリジナルとも言える
古きライブアルバムでの「ミニバンド」の
コーラスを再現したくて4月に始まったリハで
ボーカルチームにこのフレーズを指示した
一人暮らしのマンションでミニバンドと3人
夜遅くまで声をひそめて練習した時代があった
明日の事はわからなかった
無我夢中で1日1日をすごしていた時代だ
それにしてもその頃
こんな詞をよく思いついたものである
この曲でバンドとボーカルチームが
一体となって「詞の世界を表現する」姿は
ちょっとウルっとしないではいられない
(映像と一緒にお楽しみに)
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6:あなたを送る日
ある特定な人物がモデルで詞を書き始めたが
しだいに内容が「そこに留まらなく」なる
いつの場合もそうだがまずアイデアがあって
書き始めるうちに最初のアイデアから
内容はかなりかけ離れた世界へと突き進み
最終的には全く違う世界観や歌のテーマや
もっと言えば主人公が脚色された人物像に
なる事は僕の作品には多くみられる
この曲も知人の死に向かい合った事実から
頭に浮かんだテーマで始まったが
書き進むうちにテーマが広がって行き
「死」という別れだけでなく
「生」の中での別れの歌にも昇華した
この曲は意味深なように受け止められがち
だからこそメロディーはあくまでポップに
演奏もややトロピカルな味も加えて
最後にリズムパターンを変えてR&B風に
締めくくるのは得意とするところだ
ヒデキ(松原)のベースに誘われるように
バンドが徐々にユニゾンを始める
そんなエンディングは大好きな終わり方
こういうのもバンドの楽しさなのである
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7:I'm in Love
オリジナルCDのイントロのエレキギター
このフレーズ無しには「この曲は始まらない」
過去にステージで何回かはトライしたが
どれもが不満の残る演奏でしかなかった
以来僕はこの曲は「もはや歌う事は無い」と
ツアーを企画するたびにセットリストに
加える事はしなかったのだが
今回リハ直前の武部鳥山両君との打ち合わせで
オリジナル音源を聴きながら
「是非とも歌いたいんだが鳥山がこのフレーズを
オリジナルの空気感そのままに弾いてくれるなら
リストアップするがどうだろう?」と聞いた
鳥山が言った「OKですよ、やりましょう
それにこの曲ってとても素敵なラブソングだと
今しみじみ思いました」
リハが始まって鳥山との直接的なやりとりの中で
「弾きたくなるあらゆるアドリブ」を捨てて
イントロ、歌中の決まりのオブリそして
間奏だけしか弾かないという潔さに徹してくれた
武部が言った「エンディングはどうします?
やはりエレキのソロでしょうかね?」
「いや、ここは俺がメロディーを今言うから
君がピアノで淡々とロマンティックに弾いてくれ」
曲のここまでの素晴らしいアンサンブルを
こわさないようにシンプルに手数も少なく
なおかつ印象的なメロディーを考えた
この日名古屋のセンチューリーホールでの
僕たちミュージシャン全員の愛に溢れた
素敵な演奏をじっくり楽しんでいただきたい
ツアー・ライナーノーツ12019/07/19
1:私の足音2019
70年代初期に映画「旅の重さ」用に作った
だが映画ではこの曲は使われなかった
加藤和彦、高中正義、松任谷正隆等を起用しての
レコーディングは同時に作った「歩け歩け」と共に
素晴らしくロックでポップな仕上がりだったが
監督の気に召さなかった
フォーキーな曲想を求めていたのだろうが
僕とは意見が合わなかった
今回リハーサルを始める前に武部、鳥山両君と
選曲のミーティングをやったその席で
「私の足音」で高中の弾いたギターのフレーズ
「I'm in love」の青山が弾いたギターのフレーズ
を「忠実にコピーしてくれるならリストに加えるが
それとは違うアプローチになるようならやめる」と
二人に明言した
この2曲は「それ以外のアレンジでは歌えない」と
長い間思っていたのだ
特に僕のラストになるかも知れないライブへ
「花を添えよう」という鳥山の愛情に頭が下がる
おかげで本当に気持ち良く歌えた嬉しかった
心を通じ合えるバンド仲間がそこに居る!
音楽って本当に素敵だ
ーーーーーーーーーーーーーーーーー。
2:人間のい
とにかく「乗るんだ」という思いで選んだ
1曲目の8ビートでやや重めに「乗った」後は
アップテンポで問答無用にしてしまう
バンドもこれで一気に弾みがつく
この狙いは見事に的中した
お馴染みの「春だったね」とかが無いライブ
その期待は裏切る事になるが・・
僕には自信があった
このオープニング2曲で「突き進む空気が」
このツアーにかける「音楽魂が」見せられる
それはアマチュア時代からロックバンドで
培ってきた吉田拓郎の集大成となるはずだ
この2曲メドレーで今回のツアーのイメージは
完全に出来上がった
リハで繰り返しこのメドレーを演奏しながら
今回のセットリストへの自信が深まった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
3:早送りのビデオ
ここでボーカルをじっくりとやる
リハーサルでオリジナルには無い
ドラムのスネア4つ打ちを村石に提案した
これが絶妙のビート感を出す事になる
村石のドラミングに呼応するように
「あんなヤツになんか負けてなるものかと」
僕のボーカルにもパワーが増してくる
もともとバラードだがここでは後半
たたみ込むようなロックビートにアレンジ
オリジナルの美味しいところは残しつつ
あくまでスピリッツはロック
素晴らしい演奏だった
ボーカルチームも力強い
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4:やせっぽちのブルース
懐かしのシャッフルビート
(僕たち世界ではこういうリズムをハネルと言う)
の3コードで典型的なブルース進行の曲
最近はこういう曲は聴かれなくなった
また誰も作らなくもなった
そして聴き手もこの手の曲には
依然として親しくなれない日本だ(無念)
僕はこういう曲が大好き
「また会おう」
「僕たちはそうやって生きてきた」も
3コード進行のブルースだ
「僕たちは・・」とどちらを歌うか迷ったが
よりわかりやすく「シャッフル」で
客席を楽しくしようとこれを選択した
ギターとキーボードのソロ回しが
ハッピーでカッコ良かった
(オンエアお楽しみに)
今思えばハーモニカソロもやれば良かった
ブルースコード進行ってのは
あくまで自由でアドリブが盛りだくさんで
演奏する側は解き放たれた開放感いっぱい
ボーカルもバンドも毎回その時の気分で
自在に歌い演奏する
ブルースは我らが愛する音楽の原点である
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ライブ映像2019/07/19
名古屋でのステージのビデオ(未編集のもの)を
観た!聴いた!
GOOD!
いいなーよみがえるなー
僕とバンド全員が一体となったGroove(のり)
そして・・そして
この新鮮さは何だ?という答えはただ1つ
セットリストが文句無しに楽しいのだ
「次はなに?そして次は?」という
期待感が我ながらに溢れてくる
「やって良かったなー」と前に言ったが
本当にそう思わせるステージだ
バンドがまた素晴らしいパフォーマンス!
「是非是非ご覧になって」と
言いたくなる時間だった
そこで・・これから・・
今回ツアーのセットリストにまつわる
小さなエピソードを綴りたい
このライナーノーツを念頭にして
近くオンエアされるライブ映像を
ご覧いただけば更に楽しめる・・かも