ハイビスカス2017/09/10

ベランダの鉢植えのハイビスカスが
3年目の夏だった今年も花をつけた
冬を2回も乗り越えてくれた事になる
毎年ハイビスカスを植え替えて
夏はハワイ気分を味わう事にしていた
春先から良く水やりしたからか・・
頑張ってくれたのだ
こういう事って嬉しいじゃないか
たのむぞ!この冬も乗り切って
来年の夏も花を咲かせてくれよ
あの頃の暑い夏2017/07/16
高校、大学生の頃に心の中にあったジリジリした感じ
それは理由の無い「あせり」だったと思う。
何故だかわからない・・時間が足りない気がした。
だから夜じゅう友達と遊んでいたかった。
自分には何かが足りない!と感じていたのだ。
その気分を満たすには
友達と遊び続ける事しか考えられなかった。
映画や音楽の影響をもろに受けた時代でもある。
もしあの頃バンドと言う仲間に出逢っていなかったら
僕の青春はまったく違ったものになっていただろう。
映画と音楽は若者の「あせり」を「うるおい」で
いっぱいに満たしてくれた。
すごすぎる2017/06/26
将棋って昔は井上君とよくやりました
どちらもヘボですが負けたくないので
けっこう熱くなったと記憶します
彼は急戦で強引に攻め込むタイプ
僕は守備を固める将棋でした

すごい人が現われました!
どうなってるんだ・・ってくらい
強すぎます
で、すーーーーごく若いんです
顔にはニキビがあります
井上君にメールしました
「時代が・・」と返事が来ました
本当ですね
強く感じます
いや、まあ、本当に
すごい人が出て来ました
キタジョー2017/05/01
喜多條忠氏とは
ほんとに沢山の曲を共作した
ハズレもあったが(笑)
大当たりも多かったと思う
僕は「風の街」が今も大好きだ
「いつか街で会ったなら」もいい
彼は原宿という街を
うまく歌にしていた
良く原宿で飲んだり語り合ったりした
ある時喜多條氏、井上氏、僕ともう1人
4人で飲んでいて「キタジョーさんの家で
飲み直そう」となった
わりと地味なマンションの1室で
「へーここから神田川が生まれたのか」と
僕は興味深かった
「メランコリー」の時
これまでとは違う世界を書いて欲しい
と注文した
そしたら見事なストーリーを描き出した
「この詩はいける」と直感した
懐かしい青春の時代の
素晴らしい想い出である
その頃
我々には「歌」が降りて来ていた

エレキギター2017/02/17

中学の頃母がウクレレを買ってくれたのは
病気がちな息子に何か喜びを!と思ったからだろう
その偶然が人生を変える事になる
その後学友の弾くギターへと関心がうつり
高校ではアメリカンポップスに心酔し
それからビートルズの登場に強い憧れを抱き
そしてバンドを結成する
ザ・バチェラーズからザ・ダウンタウンズ

バンド時代ある日楽器屋で見つけた
グヤトーンのリッケンバッカーもどきの
エレキギターに
もし興味を示していなかったら
上京してすぐ
フェンダーのテレキャスターに関心が無かったら

いったいギターの無い人生ってのは
あり得たのだろうか・・
毎日夕方になると今でも
自然にギターに手が行く(今は白のストラト)
そしてつくづく思うのだ
ギターに出会って幸せだったと
ふぁいとーっ!2017/02/03
コンサートの楽屋に必ず「リポビタンD」が
他の飲料と一緒に
アイスボックスに入っているようになった
きっともう相当以前からだと思う
だいたい午後3時半頃からリハーサル開始
終わって楽屋でくつろぐ時間に
僕は必ず色々な飲料水の中から
リポDを1本選んで飲んでいる
これは地方へ行っても変わらない
不思議だ!
誰が最初にコレを入れたんだろう
コレを毎回楽屋に持って来て
アイスボックスに入れてるのは誰だろう
このスタッフは僕が「リポD好き」だと
思っているのだろうか
先のコンサートでも各会場で
僕は1本リポDを飲んでステージへ向かった
ところで・・
コンサートが終わると
日常ではこのリポDを見る事は無い
もちろん飲んでもいない
コンサートとリポDだけが
長ーい付き合いになっている
ファイトーイッパーツ!
郷に入れば・・2017/02/02
ずーっと以前の事だ
アイドルの新曲打ち合わせで軽井沢に居た
松本「せっかく信州に来てるんだから蕎麦でも食べに行こうよ」
拓「いいねえ」
(蕎麦屋にて)
松本「俺は山菜蕎麦にしよう」
拓「あそう、えーとメニューを、どれどれー?うーん
じゃー俺は天ぷらうどんだな」
松本「へ?・・拓郎・・うどんかいー?」
拓「・・・」
今になって「そりゃーないなー」とつくづく思うのだが
当時の拓はこういう事に非常に疎かった